特別企画 山崎怜奈×藤堂裕 「信長を殺した男」対談
2024/06/27(木)
コミックス累計発行部数250万部を超える歴史漫画のヒット作となった、 「信長を殺した男」シリーズ 。明智光秀が主君・織田信長を討った日本史上最大のミステリー「本能寺の変」の真相に迫った前作に続き、戦国の覇者・豊臣秀吉の実像と史実を最新の研究資料をもとに紐解く「日輪のデマルカシオン編」が別冊ヤングチャンピオンで好評連載中だ。物語がいよいよ佳境を迎える中、6月19日の第6巻発売を記念して作者の 藤堂裕 と、歴史好きタレント、ラジオパーソナリティとして活躍する 山崎怜奈 が対談。作品を通してそれぞれが思い描く秀吉像や歴史観などを、たっぷり熱く語り合った。
■人と人が紡ぐ歴史に興味をもったのは「篤姫」から。秀吉は“理解できない部分が多い人”(山崎)
藤堂
山崎さんはどんなきっかけで歴史に興味を持たれたのですか?
山崎
2008年の大河ドラマ「篤姫」を見たのがきっかけでした。小学4年生でしたね。篤姫という人物にとても惹かれて。歴史の教科書には男の人ばかりが登場しますし、いわゆる“勝者の歴史”しか載っていない、という印象も持っていましたが、「そうじゃない人たち」のことも知れたのが楽しかった。人と人とが紡ぐ歴史というものに関心を持ったんだと思います。
藤堂
なるほど。時代は違いますが秀吉については、どういう印象をもっていますか?
山崎
実はあまり好きじゃないんです(笑)。ただ、嫌いではなく“理解できない部分が多い人” というイメージが強いですね。うーん、この人は変だなぁって。秀吉ほど追い詰められた人生を歩んでいないと分からない感情ってあると思いますが、私自身がそこまで追い詰められて生きていないからかもしれませんね。藤堂先生はどうですか?
藤堂
僕は、実際にタイムマシンがあって「会いに行かしたるで〜」って言われたら、喜んで行きますね(笑)。そして、たぶんめちゃくちゃ好きになると思うんですよね、秀吉のこ と。このおっさん、おもろいなぁと。人たらしで、この人のためにちょっと頑張ろうかなぁみたいな。
山崎
秀吉って、なんだか人間臭いところがありますもんね。
藤堂
そうなんですよ。関白とか天下人になっても、一般庶民の感情の機微を忘れないところが ありますから。あなたにそこを突かれたら好きになってしまいますよ、みたいなこともか なりあるんですよね。でも、果たしてそれが秀吉の本音なのか、そこに人としての感情があるのかないのか分からない。そこが、“秀吉の怖さ”なんだと思いますね。
山崎
秀吉は自分の生い立ちも含めて、すべてのことを利用したじゃないですか。うまく口説かれたら同情しちゃいそうだし、えっ! 私の境遇を分かってくださるんですか! って感激しちゃいそうだし。そこの怖さはありますよね。ある意味で詐欺師の素質を持っているんだと思う。
藤堂
たしかに、詐欺師ですね。自分の容姿や身分の低さをさらけ出して「どうぞ私のことをバカにしてください」みたいな感じで接してきて、実際にバカにされたら後々になって復讐する。2巻では、幼いころに秀吉をいじめていた仁王という幼馴染を、関白になった秀吉が殺しに来るという場面があります。めっちゃ恐ろしい。このエピソードは、実際戦国時代を生きた祖父の話をまとめた『祖父物語』という史料に書かれていて、仁王は実在したと言われています。ちょっと過剰な表現で描いた部分もありますけれど、エピソードそのものはウソではないと思います。
■2巻は渾身の一冊。でも「こんなんどうやって売るねん!」と怒られました(藤堂)
山崎
「信長を殺した男」を手掛けられる以前と今とでは、秀吉の印象って変わりましたか?
藤堂
僕は元々歴史に全然詳しくなかったので、俳優の竹中直人さんが演じる秀吉の印象しかなくて。生まれは貧乏で、とても陽気な人物、ということぐらいでした。ただ、作品を描いていくうちに、これはとんでもないヤツだなと。本当にドラマのような人生だし、描いていておもろい。僕の中では、2巻がイチオシですね。
山崎
秀吉のルーツが詳しく描かれていますよね。この2巻だけ、表紙のテイストがほかの巻と全然違う気がします。扉絵もきっとリアルを追求したのだろうな、と。意識して描かれました?
藤堂
もちろん、渾身の一冊です。表紙も含めて。でも、書店の店員さんに、こんなのどうやって売ればいいんですか! と怒られましたね。誰が描かれているか分からないし、子供なのに禿げてるし、気持ち悪いって。
山崎
絵だからこそ表現できるグロテスクさってありますよね。若干、目を背けたくなるくらい 描き込めるという部分で、漫画って強いんだなと思いました。秀吉の人生をたどれば、おそらくその表現が真実なんでしょうし、世界を見渡せば同じような境遇の人が今でもいると思います。
藤堂
それは本当に思いますね。地獄のような最悪の環境で生まれても後世まで名を残す人もいる。だから、不遇な人生を送っている人も秀吉みたいになれるんだよって。おこがましいですけれど、そういう思いも込めて描いています。とくに秀吉を描くときは。
■アイドルは自己プロデュースの世界。私は蒲生氏郷の考えに近いところがある(山崎)
山崎
作品を読んでいて驚いたのは、秀吉が自分の威厳を高めるために、絵師の狩野永徳に命じて織田信長の肖像画を描き直させていた、というところです。
藤堂
それも最近になって分かったことなんですよね。肖像画の修復調査の中で、大幅に修正された跡が見つかった。秀吉は絵を描かせたり、茶会を開いたり、うわさを流したり。現代で言うところのマスメディアを使った“印象操作”がとてもうまいです。山崎さんはアイドルをされていましたが、そういうことに長けた方もいらっしゃるんじゃないでしょうか?
山崎
アイドルは、自己プロデュースの要素もかなり多い世界なんです。運営スタッフさんから「こういうブログを書いて」とか「こんな写真を使ってください」とか「この部分の個性を出しましょう」 とか言われることはないです。自分たちで考えて、自分たちのやり方で打ち出していかなければならない。それこそ最初は、天下を取りに行くわけじゃないけれど、みんな一番目立つところを目指します。でも、年月が経ってくると目標はそれぞれバラバラになる。いろいろ策を張り巡らせる子もいれば、まったくそういうことをやらずに自然体で活動する子もいる。どちらのタイプでも人気が出る子はいます。私は途中から、歌番組に出るようなメインメンバーに入らなくても楽しいな、って思うようになって。歴史好きの趣味が仕事につながって、アイドルなのに写真集を1冊も出すことがなかった、でも歴史本を出すことができた。割と冷静に自分のことを俯瞰で見ていましたね。
藤堂
山崎さんが書かれた「歴史のじかん」を読んで、良い意味で「アイドルアイドルした子じゃないな」と思っていました。伊能忠敬の回が、めちゃくちゃおもしろかったですよ。50歳から地図を作るところや、地図が盗まれた後の展開もおもしろくて、こんな人やったんや! と驚きで。山崎さんこんな事よく知ってるなぁ、いろいろ分析して書いているんだな、と。コラムも20代前半の子に書ける内容じゃないですよ。アイドル時代も俯瞰で見ていたとおっしゃいましたけど、すごく客観的に物事を見ている人だと思いました。僕も45年間生きてきていろんな人にお会いしましたが、言い方は悪いけれど、山崎さんは若いのに達者で、背伸びもしている。それがおっさんの僕の心に刺さりました。
山崎
大きいグループにいると、何がきっかけでどうなるのか分からないのがおもしろいですよね。戦国武将で例えるなら、私は蒲生氏郷の考えに近い部分を持っているかもしれません。信長・秀吉・家康という三英傑のように仕えられる側ではなくて、三英傑に仕える側の立場でどう考えて生きていくのか、みたいな。すでにできあがっているトップの椅子を目指すのか、自分で新しい椅子を作りにいくのか、考え方の違いなのかもしれませんけれど。私は上に昇れなかったので横に幅を広げて、誰も行かないであろうところを攻めたらこうなった、という感じですね。
漫画の業界は、どういうものなのですか?
藤堂
漫画の世界って、天才だらけなんですよ。過去にも天才とか神様と言われる方がいっぱいいるし。生まれ持って絵がうまい人や、なんでこんなセリフを書けるんだろうっていう人もいて。そういうのを見るとやっぱり、ああ、僕も三英傑じゃないなって思いますよ。
山崎
秀吉は“劣等感の発芽の仕方”がヤバいですが、秀吉ほどではないにしても、誰にでも劣等感はありますよね。
藤堂
僕も、劣等感の塊ですよ。だから、すごく秀吉に感情移入するんです。めちゃめちゃやってくれ! クレイジーなほどこの世界をめちゃくちゃにしてくれ! っていう願望を秀吉に委ねつつ、それやりすぎやろ! とも思いつつ。作品づくりをしていると「キャラクターが勝手に動く」とよく言われますけれど、本当にそんな感じですね。だから史料を調べるのが楽しいんです。
■歴史上の人物も、私たちも多面性をもっている(山崎)
山崎
歴史漫画を描くときって、ものすごい量の史料をご覧になるわけじゃないですか。最初はそれほどに歴史がお好きではなかったんですよね? どのようなきっかけで作品を手掛けようと思われたのですか?
藤堂
「信長を殺した男」の原案となった明智憲三郎先生の著書、「本能寺の変431年目の真実」 がおもしろかったから、というのが一番ですね。先生は明智光秀のご子孫なのですが、本に書かれている内容がもう、目からウロコだらけで。光秀って実はすごい武将だったんだ と。僕は昔からボート競技をやっていて、琵琶湖で朝日レガッタという大会があったので 近くの安土城跡にも行ってみたんです。この安土城跡がまた、すごいんですよね。
山崎
敷地面積がとんでもなく広いですよね!
藤堂
そうなんです。石段も(両手を広げて)こんなんで。その帰りに城跡の下にある美術館に立ち寄ったら、信長の家臣展というのが開催されていて、光秀の肖像画が展示されていたんです。もちろん実物を見るのは初めてだったので、え! 光秀の絵! 呼ばれてる!? て興奮しながら近づいてよく見たら、顔にけっこうな数のシワが描いてある。明智先生の本に書かれていた「光秀67歳説」ってほんまなんちゃうんか! って。これは描かねば、と思ったのがきっかけでしたね。初めは、主君殺しの逆賊という祖先の汚名をすすぐ先生のドキュメンタリーとして描くつもりでしたが、これはイチから作品にしなければと思うようになって、猛勉強しました。
山崎
歴史ものって登場人物が多いですし、ひとつの出来事にもいろんな事情や背景があって、 独特の言い回しもありますよね。
藤堂
実は、家康を描くのが一番難しかったんですよ。心を読めないというか。この人はどういう感情や主観で動いているんだろうって。ここで勝負すれば天下が取れるのに、もうちょっと頑張ればさらにいい結果が得られるのが分かっているのに、結局、動かなかったりするので。だから、ものすごく臆病でどこにでもいるような普通の人として描いたんです。そうすると、すごくうまくいったというか、家康の行動の理屈や整合性が取れたんです。
山崎
人間って、多面性を持ち合わせていますよね。その人にどの角度からスポットライトを当てるかで見え方が全然違ってくる。歴史上の人物に限らず、今の時代を生きる私たちにも言えることですけれど。
藤堂
そうですね。本当はこんな切り取られ方をしたら悪く見えるけれど、その前後のことを踏まえると実はそうではなかったとか。ドキュメンタリーでも演出って入るじゃないですか。かわいそうに見える人たちを、よりかわいそうに見せてしまうことが。漫画の中で人の多面性をすべて描き切るのは無理ですし、僕自身も心苦しいと思うことがあります。
山崎
なんだかこの人は嫌だなって直感で思っても、そこには何かしらの理由があったり、自分では耐えられないような事情があったりする。その背景まで知って、初めて納得すると思うんですね。歴史の勉強でもそうですが、その人物の一面だけを見て決めつけたくないからこそ調べるというか。自分もそうされたくないというのがあると思います。アイドルと、自分のひとこと、一瞬の表情だけでやんや言われる人生を15歳から歩んできて、自分の内面と乖離していると感じたこともありましたから。私はどの角度から見ても秀吉は結局、最後は行き過ぎてしまったなと思いますが、その一方で、悲しい人だなとも思います。ここまで上り詰めて劣等感が拭えないって、相当なトラウマがないとそうはならないはずだし。
藤堂
おっしゃる通りだと思います。今回の作品では、秀吉のお母さんの描き方もかなり冒険していまして。これまでは秀吉が大好きな、優しいお母さんとして描かれてきた人物ですが、調べれば調べるほど、見え方が異なってくる。実は秀吉のお父さんというのは一次史料でわかっていなくて、他にもお母さんは父親の違う子供を産んでいるとフロイスは書いています、貧しくて仕事もないから体を売るしかなかった、という当時の最底辺から描いているんです。そうすると、望まずして生まれてきた秀吉を間引きしようとするだろうな、と。作中の人物に負荷をかけすぎているかもしれませんが、戦国時代のリアルとして そういうこともあったんだということを描いているつもりです。
山崎
先生はこうした映像の作品だとなかなか表現できないようなところまで踏み込んで 描いていらっしゃいます。それはやはり漫画ならではなのかも。ここから先、秀吉の朝鮮 出兵のストーリー展開は、かなりグロッキーになりそうですよね。
■理不尽で残酷な朝鮮出兵。6巻で起こる奇跡を読んでほしい(藤堂)
藤堂
いよいよ、文禄の役が終わります。あまりにも理不尽で、しかも残酷な内容になってしまいますね。描いていて、本当にグロッキーです。
山崎
まさに、破滅に向かっていきますよね。エンターテインメントとしては、だいぶ重い。で も、描かないわけにもいきませんしね。病んでしまいそうになりませんか?
藤堂
一度だけ、明智光秀の自決シーンを描いたときは、コロナ禍の緊急事態宣言と重なって病みましたね。瞑想のマインドフルネスを毎日やってなんとか精神を保ちました。もともと、秀吉が死ぬまで作品を描き続けるつもりで始めましたから、朝鮮出兵の話もいずれは と思っていましたが、ここまでひどいとは。。。でも、描き切るしかないです。
山崎
現代でも戦争はあるし、虐殺の写真とか映像とか、デモの様子とか流れてくるじゃないですか。ずっと向き合っていると苦しくなるんですよ、受け止めきれなくて。それこそ、ウクライナのことだって。
藤堂
そうそう、この6巻ではみなさんにぜひ、「ジュリアおたあ」の話を読んでいただきたい んです。徳川家康に仕えたとされる朝鮮人女性の話なのですが、彼女の直筆書状が2023年4月に発表されたんです。あまり知られていないのですが、この新史料には、秀吉の朝鮮出兵を経て奇跡のようなことが起こる驚きの内容が記されていて。これは本当に、自分で描いていて幸せな気持ちになりました。
山崎
ああ、よかった。。。幸せなシーンがあまりないような展開を想像していたので。こちら 側もメンタルを保ちながら読もうと思います。楽しみにしています!
「信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜」 最新巻となる第6巻では、秀吉の朝鮮への侵攻、その驚くべき内実が明らかになる。日本と朝鮮、双方の視点から積み重ねて見える、我々の知らない歴史が、いま紐解かれる。歴史ファン、コミックファンが注目する問題作から、目が離せない。
▪ 「信長を殺した男~日輪のデマルカシオン~」第6巻
発行・秋田書店 ヤングチャンピオン・コミックス
https://www.akitashoten.co.jp/comics/4253302602
コラボ色紙プレゼント企画!
藤堂裕×山崎怜奈「信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜」第6巻発行記念特別対談を記念して、抽選で3名様に藤堂裕先生のイラストとサイン、山崎怜奈さんのサインが入ったコラボ色紙をプレゼント!
⚫︎応募の決まり
郵便番号、住所、氏名、年齢、電話番号、対談の感想を明記の上、下記宛先にお送りください。
⚫︎応募宛先
〒102-8107東京都千代田区飯田橋2-10-8
秋田書店ヤングチャンピオン編集部「信長を殺した男対談」色紙プレゼント係
⚫︎応募〆切
2024年8月13日迄(当日消印有効)
※当選者の発表は発送をもってかえさせていただきます。
※この応募ハガキは懸賞の抽選以外の目的には使用いたしません。
※賞品の転売・オークションなどへの出品は禁止させていただきます。
PROFILE
◆藤堂裕(とうどう・ゆたか)
1979年生まれ。兵庫県洲本市出身。漫画家。1999年に小学館新人コミック大賞のヤング部門で「龍-RYU-」が佳作を受賞。2002年にデビューし、アシスタントを経て、「由良COLORS」「S-最後の警官-」などを連載。2016年から別冊ヤングチャンピオンにて「信長を殺した男〜431年目の真実〜」を連載し、歴史の定説を覆す話題作となった。現在、別冊ヤングチャンピオンにて「信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜」を連載中。
◆山崎怜奈(やまざき・れな)
1997年生まれ。慶應義塾大学卒業後、2022年に乃木坂46を卒業。現在はTOKYO FM『山崎怜奈の誰かに話したかったこと。』などでラジオパーソナリティを務める他、歴史好きとしても知られており、クイズ番組や教育番組に出演している。
撮影/後野順也 ヘアメイク/田中 康世(山崎怜奈さん) スタイリスト/Maki Maruko(山崎怜奈さん)
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