最高で金、最低でも金
現在パリオリンピックの最中である(編集部注:8月上旬現在)。未だかつてなく無音で始まった印象だが、始まったら始まったで、他の選手のような装備をつけず初期アバターのような格好でやってきたトルコの射撃選手が「無課金おじさん」として注目を集めたり、そこそこ盛り上がっているようだ。
もちろん平成の間にも何度かオリンピックが開催され、多くのスター選手や名言などが生まれた。だが私ほどの懐古主義老害でも今からYAWARAちゃんの話をする気にはなれない。まず若人は柔道選手の話をするのに浦沢直樹の漫画の説明をはじめる老に戸惑うだろうしこちらも「顔は似てなくないですか?」という若の素朴な疑問に答える元気もない。両方疲れて終わる話題だ。だがこれも周囲が変な騒ぎ方をしただけで彼女がアスリートとして一流だったのは確かであり「最高で金、最低でも金」という名言も残している。
これは対戦相手が全員不慮の事故に遭い、不戦勝による金メダルが確定した選手が何故か全身血だらけで記者会見会場に現れ発した言葉、というわけではない。要約するに「自分が獲るのは金メダル以外ありえない」という旨の発言であり、言葉通り金メダルを獲得している。「結果を出します」より「息してるだけでエライ」の方に爆速いいねをしようとする我々には計り知れな強メンタルだ。
陰キャや運動ができない人間はスポーツに嫌な思い出があるだけではなく「できない奴はせめてスポーツマン様の応援をしろ」と運動部の応援に強制参加させられ、自分なりのマックスボリュームで応援しているのに「もっと声出せ」と名指しで怒られるなどの経験があるため、オリンピックも非観戦者が多く、私もその一人だが、これだけ大人数に応援されて結果を出すことを約束しなければならない選手も大変だとは思う。
特に今はスポーツも課金の時代だ。選手の才能も大事だが育成にどれだけ金をかけるかで勝敗が変わってくるという。今出場している五輪選手にも相当金がかかっているはずであり、「皆さんの応援(課金)で楽しんできます」「参加しただけで金メダル!」のような舐めたクラファン主催みたいなことは言えないのだ。
日本も負けた選手の悪口をSNSに書く陰湿さはあるが、まだマシなほうで、国によっては負けた悔しさではなく「国に帰ったら処される」という恐怖で泣いている選手もいるらしい。
体育会系の優遇に不満を抱いていた我々だが、逆に我々文化系は「漫研が夏コミ壁サーになれるよう全校生徒一丸となって応援」のようなプレッシャーをかけられずに済んでいるともいえる。
📢 【さいこうできん、さいていでもきん】 女子柔道48㎏級の日本代表・谷(旧姓田村)亮子が、2000年のシドニーオリンピック大会前に語った抱負としての発言。前回、前々回と金メダルを有力視され期待されながら惜しくも逃していたため、金メダルは悲願であった。そして宣言通り金メダルを獲得することになる。
PROFILE
カレー沢薫
どうぶつ社会風刺政治ギャグ漫画『国家の猫ムラヤマ』①②巻、『国家の猫ムラヤマ 解散!』、
健康エッセイ『部屋から出ないで100年生きる健康法』、
SNS心得エッセイ『一億総SNS時代の戦略』(すべて弊社刊)大好評発売中!
弊社エレガンスイブ編集部運営ウェブサイトSouffle(スーフル)にて『 ほがらかSNSライフ 』連載中!
X(旧Twitter)@rosia29
ヤンチャン担当X(旧Twitter)@murayamasoul
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